チャップリンの映画音楽 |
チャップリンの代表作(の一部)の名曲をそのまま忠実に演奏してくれており、チャップリンの音楽集として非常に質が高いと感じました。映画を何度も観て曲が頭から離れなくなっている人もすんなり聴ける一枚。
個人的に非常に残念なのは、「ライム・ライト〜テリーのテーマ」が収録されていないこと。このクオリティであの曲を聴いてみたかったなぁ。 しかし、全ての作品は網羅せずに、敢えて作品を選んでその作品の曲を多く演奏するという方向性は良いです。流れるように映画のシーンが浮かんできます。 大音量にしても聴き応えのある演奏なので、普段のBGMとして流すのにも最適。 比較材料として、『チャップリン・フィルム・ミュージック・ベスト・セレクション』と同時に購入したのですが、こちらは、アレンジと編曲がオリジナルから大分外れており、演奏の質もそれほど高くないです。ですので、こちらで肩すかしをくらった人も、安心して聴けます。 |
泉谷しげる10枚組BOXセット「黒いカパン」(DVD付) |
かつて企画に上がったが、様々な事情で頓挫した映像作品も多数含む30周年記念ボックスセットの妥協的産物なのかしら、これは。まあセレクションにそれなりの不満はあれど、一応このような形で現在手に入りにくいいくつかの作品も含めて世に出してくれたことには感謝(全アルバムは一度CD化されたとき、全て購入したけど、リマスターで聞きたいし)。続編として他の方々があげているアルバム(要するに全部だけど)や未発表曲・シングルのみの音源、映像作品「デスパウダー」のDVD「」化とそのサウンドトラック「スカーピープル」に含まれていない曲も含んだCD化(キヨシローの「Dr. Loo Made ME」を是非!)、布袋寅泰参加の「タワーズ」や鈴木さえこ参加時代の「REAL TIME」のころのライブ映像も是非DVD化して欲しいものです。 |
チャーリー・チャップリン ライフ・アンド・アート [DVD] |
不世出の天才喜劇王チャップリンの生涯を、初期の無声映画時代から最後の監督作品「伯爵夫人」までの名場面、メイキングシーン、そしてご家族や関係者のインタビューを織り交ぜながら描いていきます。チャップリンの映画はほとんど観ているけど、初めて聞いた意外な裏話も多いし、マーティン・スコセッシ監督やジョニー・デップが目を輝かせてチャップリンのすごさを語る様は改めて彼の偉大さを思い知る。
一番の見所はご家族が撮ったホームビデオではないだろうか。リラックスした様子で、年老いても昔と同じように笑いを取ろうとお馴染みのコミカルな演技をする姿には、大笑いしながらも少ししんみりした気持ちにさせられる。まさに映画のまんまだった。 |
ラヴ・チャップリン ! コレクターズ・エディション BOX 1 [DVD] |
推薦する理由 ①作品がよい チャップリンのサイレント映画時代の代表作が集められています。どれも佳作・名作ですが、私がお勧めするのは「偽牧師」(短編集に収録)と「サーカス」の2本です。 「偽牧師」は、牧師のふりをする脱走犯の話です。早く逃げたらいいのに、ヒロインの家族のために奮闘します。笑えます。清々しいラストです。 「サーカス」は、何といってもチャップリン本人が、命綱や網を用意せず挑んだ綱渡りシーンがお勧め。ただ渡るだけでも大変なのに、なんと○○(何でしょう?)が邪魔をするから、大変なことになります。ただ可笑しいだけでなく、ほろ苦い、哀しいけど幸せな(うまく表現できない)作品です。 チャップリンが大大大大(中略)大好きな私は、このBOXの作品はすべてレーザーディスクで持っています。しかし特典ディスクに収録された映像は、個人的に不景気な私に購入を迫る、たいへん貴重なものです。ただこれは、一般の映画ファンの方にはどうでもいい物かもしれません。まあ12ディスクでこの値段ですから、おまけと考えれば邪魔にはならないでしょう。多分。 |
黄金狂時代 コレクターズ・エディション [DVD] |
アラスカでのゴールドラッシュをテーマにした映画で、自然の脅威と人間の欲望の対決を描く。
これが何と80年前の1925年の映画。 当然、無声映画で白黒というよりは、灰色?映画。 しかしながら、チャップリンの表現力はさすが。 主要なセリフは字幕があるが、言葉は無くとも充分に伝わってくる。 チャップリンの演技を見ていると、ドリフコントの元祖という感じを受ける。 最期に本映画の本質を指摘していると思われる最も印象的なセリフを紹介。 「計画するは人、実行するは自然」 |
わが青春のロック黄金狂時代―ビートルズからボン・ジョヴィまで (角川SSC新書) |
著者がミュージックライフの編集者として、キャリアをスタートした時代に、中高生の読者として、紹介されているインタビューエピソードをリアルタイムで読んでいた。といってもどちらかといえば、ライバル誌の「ニューミュージックマガジン」や「ロック専科」が愛読雑誌であったが。
MLになじめなかったのは、取り上げるミュージッシャンがミーハー的であったことが原因だったが、それが「日本から売り出す」または、本場から先に旬なタレントを発掘するのが狙いであったことが判明して興味深かった。 今は死語になっている外タレをただ有り難がっていた時代はもはや昔となり、JPOPが最大のカテゴリーとなった今、昔は良かったと回顧趣味にならず、あの頃の熱気は再生可能かと考えながら読んで見る必要がある。たぶん、無理と考えるのは容易だが、我々が一つに集中して熱狂しなくなったのは、季節感のない正月や、シーズンがはじまったのに始まるバーゲンセールに代表される時間軸の喪失が原因かも。 私が初めて聴きに行ったロックコンサートはサンタナ熊本公演だった。同じ年、福岡でニール ヤングを聴いた。その後、1992年にアメリカに駐在するまで、ロックコンサートには無縁だった。九年間の駐在時代に、コンサートにはザバンドのNY公演の一度だけ。ただ、ロックには濃密に付き合った。出張先のライブハウスや、住んでいたニュージャージーのライブスポットをはしごした。彼の地ではロックは日常の娯楽であった。巨大アリーナでのイベントより、そのようないつもの場所で、いつものバンドの演奏を地元のファンと一緒に聞く。ロックが日常の生活の一部のアメリカでロックを日常のエンターテイメントとして楽しんだ。あの時代が私のロック黄金狂時代であったと思う。 |